TOMONI
GO TO 2100 ともに生きる江戸川区

ユア・マイ・ランド

佐原 ひかりSahara Hikari

 蒼央と玲央は双子らしい。
 らしい、というかまあ、一卵性の双子なんだけど、わたしは彼らを見ても蒼央と玲央だな、というふうにしか思えない。生まれたときからおとなりさんをやっているから? 似てるっちゃ似てるけど、性格も顔つきも全然違う。蒼央の目と眉と口は基本的に平行状態で、笑うときぐらいしか動かない。対して玲央は、つり上がった眉に大きな目を勝ち気に光らせていて、いつも何かしらに腹を立てている。
 わたしたちは仲良し三人組だった。放課後はずっと三人で遊んでいたし、三人だけでタイムカプセルを埋めたこともある。小学校の裏山にある秘密の茂みにそれぞれの宝物を持ち寄り、大人になったらあけよう、って約束しあった。そのぐらいの仲だった。
 ふたりの仲が悪く──というより、玲央が一方的に蒼央につっかかり始めたのは、小学五年生ぐらいから。つまり、蒼央が学校に行かなくなったあたりからだ。
 どうして行かないのか、理由を一度訊いてみたら、蒼央は「ざわざわするから」と言っていた。わたしは、「ざわざわしちゃあ、しょうがないね」と適当な返事をした。他人だからできる返事だ。玲央はそれじゃ納得しなかった。ずいぶんなうらぎりと感じたようだった。俺たちはいつでもふたりでひとつだったろ、的な。

 裏庭の離れが蒼央の城だ。手狭だけど、秘密基地みたいでわるくない。冷暖房完備だし、Wi-Fiも届く。わたしは中学生になった今でも、ちょくちょく遊びにいっている。長椅子に寝そべって、漫画を読んだり、動画を見たり。玲央はいこじだから近寄ろうとしない。ほんとは蒼央がなにをしてるか、気になってたまらないくせに。
 蒼央はだいたい本を読んでいる。読んでいないときは模造紙いっぱいに国を描いている。
 かれの国はなかなかおもしろい。細かい通りや川にまで名前がついていて、家も一軒一軒形が異なる。町ごとに特色があり、国をぐるりと取り囲む山の向こうには、ドラゴンの谷や魔法使いの森もある。絵と説明文付きの地図はとても緻密で、眺めていると本当に空から国を見下ろしている気分になってくる。
「わたしが住むならこのルリドって町かなあ」
「どうして?」
「たのしそうじゃん。貿易が盛んなんでしょ? いろんな人がいそう」
「そうだね。ここは文化の合流地点だからきっとおもしろいよ」
 保証する、と蒼央が頷いた。
「蒼央はどこに住みたい?」
「僕は北の森がいいかな」
「北の森ぃ? いちばん暗いとこじゃん」
 北の外れにある魔法使いの森。年がら年中霧に包まれていて、不気味なモンスターもたくさんいる。
 そう言うと、そうかな、と蒼央が首を捻った。
「静かでいいところだよ。幻獣たちもみな穏やかだ。人も寄りつかないし、最高の土地だと思うけど」
「ここが?」
「うん。僕からしたら超一等地」

「ありえねえ」
 こっちが何か返す前に、玲央は、しんじらんねえ、と続けざまに言った。
 おでこも耳も真っ赤。泣く寸前の子どもみたいだ。ぬいぐるみのゾウ吉をぼすん、と殴ったから、やめろ、とすねを蹴る。少し冷静になったのか、わり、と軽く謝った。ちら、と部屋の窓から蒼央のいる離れを見下ろして、もう一度力なく、しんじらんねえ、と言った。
 気持ちはわかる。玲央が取り乱しているぶん、とわたしは冷静に振る舞っているが、本当は玲央と一緒になって混乱したい。玲央が五月の終わりに持ってきたニュースは、そのぐらい衝撃的だった。
 おばさんと蒼央が、北海道に引っ越すらしい。旅行とかじゃなくて、超超本気の移住。
「なんだよ、酪農って。わけわかんねえ。しかも、来月引っ越すって、急すぎるだろ。ババアも蒼央も頭わりーんじゃねーの」
「でも、離婚ってわけじゃないんだよね?」
「……まあな。家族をやめたいわけじゃないから、ただ離れて暮らすだけ。って言うけど、それってもう離婚と同じじゃね? つか、酪農やりたいならババアだけ行けばいいだろ。蒼央までついていく必要あるか? 牛の世話すんのか? できんのか? 自分の世話もできてないくせに」
「それは玲央もじゃん」
「うっせえ!」
 玲央が派手に唾を飛ばした。
「蒼央、俺になんて言ったと思う? 『じゃ、そういうことだから』って。そんだけ。あいつ、清々してるんだよ。ようやく俺と離れられる、って」
「そんなこたあ、ないと思うけど……」
 玲央は蒼央が学校に行かなくなった原因は自分にあると思い込んでいる。
 玲央は昔から双子として振る舞うのが好きだった。同じ髪型に同じ服で登校することもしょっちゅう。蒼央にもそれを強いていた。でも当たり前だけど玲央と蒼央はべつの人間で、できることもできないことも違う。そして玲央のほうが、すんなりとできることが多かった。蒼央は何かにつけ玲央を引き合いに出され、次第にそれがわずらわしくなって……ってのが玲央の憶測。わたしはぶっちゃけ、超的外れだと思っている。
「……なんだよ、酪農って。それって、俺たちを捨ててまで、やりたいことなのかよ。離れて暮らす、って、一時的にじゃなくて、この先ずっとだぞ? そんなん、もう家族じゃねーじゃん」
 肩を落とした玲央に、まあまあ、とゾウ吉を抱かせてやる。玲央がゾウ吉の鼻をぎゅっと握った。
「その言い方は強すぎじゃない? 捨てるとかじゃなくてさ、なんちゅーか、発展的別居? 的な。家族のままさ、各自住みたいところに住んでやりたいことやるの、新しい感じで嫌いじゃないよ」
「俺はおまえの物わかりよさげなとこ嫌い」
「返せ。おめーに貸してやるぬいはない」
 ゾウ吉を奪い返す。玲央は口をへの字に曲げ、大きな黒目を頼りなげに揺らした。

「蒼央は俺より牛をとったんだ、って玲央泣いてたよ」
 モオォ~~と悲愴な感じで鳴き真似をすると、蒼央が吹き出した。
「なにそれ。どっちの真似?」
「牛に張り合う玲央の真似」
「怒られるよ、ほんと」
 はは、と笑って、蒼央がペンを置き振り向いた。
「べつに母さんを手伝うと決めたわけじゃないけどね」
「そうなん? 酪農がやりたくてついていくんだとばかり」
「酪農はどっちでも。母さんが住むところは人間より動物のほうが多いって聞いたから、いいな、って。それだけ」
「ふうん」
「冷たいって思う?」
「思わないけど、ふつーにさみしいはさみしいよ。友だちだし」
 そっか、と蒼央がぽつりと言った。ごめんね、とは言わなかった。かわりに「ありがとう」と言ったから、「せいかい!」と指さす。蒼央は照れたように笑った。
 結局、それが蒼央との最後の会話になった。
 わたしは風邪をこじらせて引っ越しの日に別れの挨拶を言えなかった。蒼央とおばさんは、本当に、あっさりと行ってしまった。
 せめて夏休みが始まるぐらいまではいればよかったのに。
 アイスの棒を嚙みながら離れを見下ろして、感傷に浸っていたら、玲央が中に入っていくのが見えた。思わず窓に張りつく。何してんだあいつ。
 サンダルをつっかけて、庭の裏口から玲央の家に入る。
 離れに入っておどろいた。中は、蒼央がいたときのままだった。何も持っていった気配がない。
 玲央はあちこちを乱暴にひっくり返していた。
「ちょいちょい。何してんの」
「ない!」
「何が」
「あのキメェ地図!」
 あら、一応知ってたんだ。
「なんで探してんの?」
「ババアがさっき電話寄越してきて。酔っぱらってさ。こんな時間からだぞ? 楽しそうでなによりだよほんっと、俺たちと離れてよっぽど」
「おけおけ、そういうのはいいから。続きは?」
「……腹が立ったから、めちゃくちゃ言ってやったんだ。蒼央のことも、ぼろくそに。そしたら、ババア、すげえ意味深に笑って、あんたに蒼央の地図はもったいないよ、って。そんだけ言って、そのまま寝やがった」
 なんでないんだよ! と叫びながら離れを荒らし回っている。ふつーに北海道に持っていっただけじゃ、と内心思いながら一応手伝ってやる。机の引き出しや本棚を漁っているうちに、ふと、思い当たった。
「もしかしたら埋めたのかも」
「埋めた? どこに」
「小学校の裏山。ほら、昔、タイムカプセル埋めたじゃん」
 蒼央が引っ越す一週間前、わたしは蒼央っぽい人が裏山を登っていく姿を見た。一人だった。わたしは他の友だちと一緒だったから、声をかけられなかった。帰宅後、体調を崩してしまったせいで訊ねるのを忘れていたが、もしかしたら。
 そう言うと、玲央の目つきが変わった。

 やっぱさあ、やめといたほうがいいよ。蒼央だって今見られたくないから埋めたんだろうし。大人になってからでいいじゃん。ていうか見間違いだったかも。もう日も暮れちゃうしやめとかん?
 思いつくだけ言ったが、玲央は止まらなかった。裏山をずんずんと登っていく。休憩所を二カ所通りすぎ、登山道横の秘密の茂みへと分け入った。鼻をくすぐるくちなしの香りに、懐かしさがこみ上げる。確か、もつれあう二本の木の真ん中真下がタイムカプセルの場所だ。日が落ち始めていてやや見づらいが、掘り返された跡が確かにある。玲央の喉ぼとけが大きく動いた。
「掘るからな」
 律儀に宣言してスコップを握った。ざく、ざく、と掘っていく。鬼気迫る表情だ。みるみるうちに穴が深くなる。すぐに、ゴツンと音がしてクッキーの缶が三箱出てきた。ギンガムチェックの柄が、蒼央の分。玲央が汗を拭き、ゆっくり蓋を開けた。
 あった。
 ちいさく折り畳まれた模造紙。玲央が急いた手つきで開く。わたしにとってはなじみ深い、蒼央の国。谷、森、山、町、住人たち。玲央と無言で地図を見続ける。
 ……住人?
「うわ」
「何」
「うちのお母さんがいる」
「は?」
「ほら、ここ。ユール通りの床屋の隣の家に。名前が書いてある。あ、ていうかその隣、先生だ。小三のときの」
「は? え?」
 よく見れば、小学校のときのクラスメイトからご近所さんまで、そこかしこに知り合いの名前がある。
「あ、わたしここだ。ルリド。しかも海の近くじゃん。やったあ」
 自分の名前を見つけて指さすと、玲央が地図をひったくった。地面に置いて、舐めるように見はじめる。
 しばらくして、最悪、とうめき肩を落とした。
「見ろよ。あいつ、こんなところに俺を住まわせてる」
 玲央が苛立たしげに爪で叩いた。指した箇所を覗き込んだ瞬間、あっ、と声が出た。
「なんだよここ。しんじらんねえ。よりにもよってこんなとこ。そんなに嫌いなのかよ……」
 若干涙声になっている。
 わたしはもう必死に我慢していたけれど、鼻から息が漏れたのをきっかけに、笑いが止まらなくなってしまった。
「おい、なに笑ってんだよ」
 顔を真っ赤にして怒る玲央には悪いが、笑うなというほうが無理だ。
「あのさ、そこ一等地だから」
「は?」
「蒼央、言ってたよ。北の森は、人が寄りつかない、静かでいい場所だ、って。自分もそこに住みたい、って。わかる? あんたさ、蒼央の一等地に住んでるんだよ」
 北の外れの魔法使いの森。玲央の名前はその中心、みずうみのそばの小屋に書かれていた。
「一等地……」
 玲央は困惑気味に眉を寄せていたが、しばらくして意味を理解したらしい。たまらず、というふうに口元をほころばせた。すぐに照れ隠しのように、ぷい、と横を向き腕を組む。
「べつに、うれしくねえから。一等地とか、そんなの知らねえし。俺は無理だからな、こんな暗いとこ。だいたい蒼央が住みたいところと、俺が住みたいところは違……」
 そこまで言って、玲央は自分が言ったことに気がついたのか、口を開けたまま黙り込んだ。「ま、そういうことなんじゃない?」と笑ってやる。玲央は苦虫を嚙み潰したような表情で、くそ、と悔しそうに悪態をついた。
 蒼央には蒼央の。玲央には玲央の。わたしにはわたしの。
 そこは見つかってる?
 タイムカプセル越しに呼びかけてみる。やわらかい風が吹き抜けて、くちなしの甘い香りがふわりと広がった。

Profile

佐原 ひかり

1992年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。
2017年、「ままならないきみに」で第190回コバルト短編小説新人賞を受賞。19年、「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞。受賞作を加筆修正・改題した『ブラザース・ブラジャー』で作家デビュー。

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