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未来へのヒント

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演じる苦しさを言葉にして自分を見つける

 江戸川区出身の実力派声優、朴璐美(パク ロミ)さん。幅広いキャラクターを演じる卓越した演技力で、多くのファンを魅了し続けています。彼女が俳優として歩んできた道のりや、地元・江戸川区への思い、そして未来への展望を語っていただいた今回のインタビュー。力強いキャラクターの印象の反面、実はあがり症な一面があるという朴さんが、自身を奮い立たせる秘訣も教えてくれました。

朴さんのご経歴を教えてください。

私は江戸川区で幼少期と学生時代を過ごし、現在は声優、俳優、歌手、ナレーターとして活動しています。

江戸川区で過ごされた幼少期の印象的なエピソードがあれば教えてください。

 小学生の頃仲良くさせてもらっていた友達のおじいさまが自治会の方で、地域の祭りや催しを率先してやられていました。そのおじいさま経由で、山車に乗らせてもらったり、地域の祭りによく参加させてもらったりしていました。いつも焼き鳥もらったりして(笑)。すごく楽しかった思い出です。その時の記憶が強く残っているせいか、大人になった今も金魚すくいのようなお祭りの要素があると心が躍ります。
 江戸川があって、土手があって、そこで何かしらの催し物がある。年に1度の江戸川区花火大会は、家族全員、ワクワクドキドキ、心待ちにするイベントでした。家族はもちろん、地域の人みんなで楽しめる催しが必ずあるというのは江戸川区の大きな魅力だと思います。

江戸川区に対してどんな印象をお持ちですか。

地域でつながる人情溢れる“下町”

 地域の人とのつながりは強く感じます。子どもの頃トイレを我慢して帰ってきて、両親がまだ帰ってきていない時は、近所のおばちゃんに借りたりもしていました。家から10秒くらいのところにある駄菓子屋さんは、行くといつもおまけをくれるんです。私はその駄菓子で育ったと言っても過言じゃないくらい通っていましたね(笑)。地域の人が見守ってくれる、人情溢れる“下町”の温かい印象があります。一人ひとりが、自分の住んでいる地域を大切にしているのを強く感じていました。

SNSなどで語られる旦那さんとの日常は、素晴らしいパートナーであることが垣間見えます。朴さんが家族と良好な関係でいるために大切にしていることはありますか。

自分も大切にする適度な距離感でリスペクトが生まれる

 お互い年齢を重ねてからの結婚でしたので、ある程度自分の好きなことは好き勝手やってきています。なので、それまでの経験をリスペクトしつつ “今”のお互いを尊重しています。若い頃からパートナーだったら我が強すぎて色々と難しい部分も多かったかもしれませんね(笑)。やはり相手との間に少し距離を持つことが、互いを尊重するうえでは重要なことなんだと感じています。近くなりすぎず、お互い“ちょっと”自分を大事に、いい距離感でいることで、今の仕事に向き合う姿勢や頑張る姿をリスペクトできているのが、良好な夫婦関係と言っていただけるところに繋がっているのではないでしょうか。そしてそんな私たちのところにきてくれた、息子と娘(愛猫のスヴィッチョフスキー君とルルッチョフスカヤちゃん)には本当に感謝しています。もちろん喧嘩がないわけではないですし、足りてない部分も多いですが、主人の骨は私が拾うし、私の骨は拾ってもらう約束でいますね(笑)。

演劇をはじめられたきっかけはなんでしたか。

自然な縁でつながった天職

 子どもの頃は“半切りごぼう”と呼ばれていたくらい、細くてあまり体も強くありませんでした。中学の通学路は坂道が多く、登下校で疲れてしまって、母も心配性だったので、部活動もできず、不登校気味になった時期もありました。高校に入ると、問題だった坂道もなくなったので(笑)、部活動を始めることができました。女子高あるあるだと思うのですが、憧れの先輩が誰でも一人はいて、私も好きだった先輩に誘われる形で演劇部に入りました。お芝居に興味があったわけではなかったのですが、いつの間にか勉強よりも演劇にのめり込んでいきましたね(笑)。進路を決める際、女子大にエスカレーターで行くこともできたのですが、共学を目指したく、国語1教科で受けられる桐朋学園芸術短期大学の演劇科を選びました。
 その流れで演劇に邁進することになったんです。演劇集団 円に所属することになり、そこでの出会いが声のお仕事にもつながっていきます。『機動戦士ガンダム』シリーズの監督として有名な富野由悠季さんの娘さんが、円の演出部にいたんです。ある時、円の野外舞台を見に来た富野さんにその後オーディションのお声がけをいただき、そこで初めて声優という仕事を知りました。自分が声優という仕事に就くとは夢にも思わなかったですし、今も続けているのが不思議なほど、自然に身を任せられるままここまで来た感じです。

推しの先輩がいなかったら、演劇の道を進んでいなかったかもしれないのですね。

 そうですね、進んでいないと思います。いつの間にか先輩よりものめり込んでしまったんですけど(笑)。みんなで試行錯誤して作品をつくり上げていくことがとにかく好きでした。高校の頃は照明をよくやっていました。様々な機材を試したり、演出を考えたり、“演じる”ということよりも作品自体を考える方が圧倒的に好きでした。円の養成所に入って1年目ごろまでは、そうやって自分が作品を考えてみんなでつくり上げる機会が多かったのですが、2年目からは演じる事に重点が置かれるようになり、物足りなさを感じることもありました。劇団員に昇格してからもその物足りなさを感じていて、そんなときに出会ったのが声優のお仕事です。バトンリレーのように、マイク前で作品をみんなでつくっていく様が、舞台以上に舞台らしく、どんどん魅かれていきました。

葛藤がありつつも、演じる仕事を続けられている理由はなんですか。

演じた先にある最高の体験

 50を過ぎても未だに演じる事は苦しいです。毎回、血反吐を吐く思いでいるのに、なんで続けているのだろうと私自身も不思議に思います。私、実はすごくあがり症なんです。特に舞台は、いつも自分と戦いながら袖幕から出ていきます。それでも、続けているのは、やはりお芝居が好きなのだと思います。私は演劇を“共有する場”だと思っているんです。先日湯婆婆・銭婆役で出演した、舞台『千と千尋の神隠し』ロンドン公演では日本語の公演にもかかわらず、たくさんのお客様が熱く迎えてくれ、いつにも増してキャスト、スタッフ、そしてお客様、すべてがライブという感覚を味わいました。自分が“共有する”ひとつの媒体になれた瞬間が最高に楽しく、たまらなく好きなんですね、きっと。
 作品のひとつに、役に、カチッとはまることを毎回目指してはいますが、実際は年に数回あるかどうかです。後悔することも多いですし、家に帰って悔しくて泣き出すことだってあります。むしろその方が多いお仕事だと思います。でも、そのハマった瞬間は今までつらかったことすべて忘れられるほどにかけがえのない素晴らしい瞬間なんです。その瞬間を求めて、つらくても自分を奮い立たせてしまうのだと思います。

“最高の一瞬”を目指す長い葛藤の中で、心が折れたりはしないのですか。

苦しい思いを言葉にすると、自分の気持ちが見えてくる

 普通、「もうダメだ」「もう絶対にやらない」と自己防衛力が働いてちゃんと自分にストップをかけると思うのですが、私の場合、「この苦しさの先に何かがあるのかもしれない」と希望を見出してしまうんですね。そこが私のダメなところでもあり、強みなのかもしれないです。プライベートでスキューバダイビングをするのですが、「もう死ぬかも」という体験をして、「もう二度とやらない」と思ったとしても、「いやいや次は何かあるかも」と懲りずに何度もチャレンジしてしまうのです(笑)。
 つらいと思ったら、私はすぐに誰かに吐露します。相手は猫の時もあります(笑)。自分の中で思っていることを言葉に出してみて初めて、自分の気持ちに気づくことってあるじゃないですか。頭の中で思っているだけじゃなかなか整理はできないタイプなんですね、私。なかなか踏み出せない人がいらしたら、一度言葉にして吐き出してみることをオススメします。録音や、書き出してみるのもひとつの手かもしれませんよね。人に話すことが一番効果的だと思います。誰かに話すとなると、理解してもらうための言葉を紡ぐ必要があるので。自己解決する時とは違った言葉が出てくると思うのです。そういう機会をつくれたら、意外とまた挑戦できる気持ちになれるかもしれませんね。

バックグラウンドの違う多様な役を演じるにあたって、大切にしていることはありますか。

みんな“違う”のが当たり前

 地域の密着性が高い江戸川区で、「朴璐美」という名前は、どこか浮いた存在で違う目で見られていたと思いますが、そんな私にご近所の方々は日本の文化や楽しみを教えてくれて、豊かさを感じさせてくれたんです。なのでバックグラウンドが違うなら違うのは当たり前、という前提が私の中であります。役も、みんな考えが違うのが当たり前です。例えば私自身は赤いトマトが大好きだけど、役の中の少女はトマトが大嫌いだとします。「なぜだろう?」と疑問に思うところからイメージしていく。ああ、それはきっと、その少女がお母さんにもらったトマトを大事にしすぎて強く握りしめてしまったときに、それが血のように見えてしまったからなのかな?と。そういうバックボーンをイメージしていくことで、役に寄り添っていけると思います。まずは、“違う”ことを理解すること。そうすれば「なぜ違うのか」その人を知りたくなってくるはずです。
 声優は複数の役を“演じ分ける”、”声を切り替える”と思われる方が多いと思いますが、そういうわけではありません。その役の状況やその人自身に寄り添って感じる中で、自然と声色に現れてくるものであると思っています。

100年後、江戸川区はどうあってほしいですか。

 江戸川の土手を大切にしてほしいですね。私自身たくさんの思い出があります。初恋の人との初デートも、友達と悩み相談したのも、両親と遊びにいったのも、一人泣きに行ったのも土手でした。そんな風にその人の大切な場所が江戸川区にはたくさんあると思います。そんな風景や環境を、そのまま綺麗に大切に残してほしいです。

朴さんが今後チャレンジされたいことがあれば教えてください。

 私はあまり目標を立てないで、目の前の仕事に向き合っていって、その先に面白いものを見つけて、を繰り返してきたタイプなので、特別これをしたいということはないですね。これからも目の前の仕事にワクワクして、楽しさを見つけていけたらいいな、と思います。そこで様々な人と新たに出会って、さらに新しい世界を見ていきたいです。直近だと、来年の2025年3月には新国立劇場での演出のお仕事をします。知らない世界への探求心は人一倍あります。冒険家ですね(笑)。また新しい世界を知れるのをすごく楽しみにしています。

プロフィール

朴璐美

朴璐美(ぱくろみ)

1月22日生まれ。東京都出身。舞台、アニメ、吹き替え、ナレーション、プロデュースなど活動は多岐にわたる。06年に第1回声優アワード主演女優を受賞。
主な代表作に【舞台】『レ・ミゼラブル』(マダム・テナルディエ役)、『千と千尋の神隠し』(湯婆婆/銭婆役)【ドラマ】『燕は戻ってこない』(青沼薫役)【アニメ】『∀ガンダム』(ロラン・セアック役)、『鋼の錬金術師』(エドワード・エルリック役)、『BLEACH』(日番谷冬獅郎役)、『NANA』(大崎ナナ役)、『進撃の巨人』(ハンジ・ゾエ役)など多数。