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人生を楽しみ、喜びをわかり合う心が「共生社会」につながる

 23区の中でも2番目に外国人居住者が多い江戸川区※。年齢・国籍・障害の有無などに関わらず、区民とともに「ともに生きるまち」を目標にまちづくりに取り組んでいます。国別でみるとインド人の方が多く住んでおり、区のあちこちに本格インドカレー屋さんがあるのも特徴です。
 カレー好きで知られるタレントの関根勤さんは、お笑い番組、バラエティー番組を中心に、共演者とのチームプレーで世間に笑いを届けてきました。今回、関根さんと江戸川区内のカレー屋さんを訪れ、個性きらめく芸能界で活躍し続けられた秘訣、共生社会にも通じる抱き続けてきた信念について伺いました。
(※令和5年3月1日現在)

関根勤

関根さんは江戸川区にどのような印象をもっていますか?

インドカレーで異文化の魅力を肌で感じる

 家族で葛西臨海水族館によく来ていますよ。この前は、娘(タレントの関根麻里さん)と孫と私の3人で入園しようとしたら、4歳の孫は無料なのですが、敬老の日だったので私も無料、さらに65歳以上の来園者の付き添いということで娘まで無料に。すごくラッキーでした(笑)。葛西臨海公園にある「ダイヤと花の大観覧車」もお気に入りで、車内から望む景色は見晴らし抜群。首都高速道路の降り口近くという利便性の高さも頻繁に訪れたくなる理由です。
 あと、江戸川区にはインドにルーツをもつ方々が暮らしているので、インド料理店も多いですよね。何を隠そう、私は無類のインドカレー好き。クリスマスパーティーは、行きつけのインド料理店で開くほどです。今回うかがった西葛西のスパイスマジック カルカッタ 本店さんは、北インドのカレーを提供されるんですね。うん、スパイシーでありながらバターのコクが効いていておいしい。本格的な味わいです。

関根勤
関根さんは
パニールバターマサラ+チーズナンセットをご注文

 私がインドカレーの存在を知ったのは小学生の頃。母が作る家庭的なカレーが好きだったのですが、社会の教科書でインドカレーを一目見て、インドの原風景がぶわっと思い浮かんだんです。「うちのカレーと、インドにあるカレーは違うものかも……」と思ったのをいまでも覚えています。そこから中学、高校と進学するなかで、インドの歴史や現地の写真から「インドカレーはこういう味なのかも」と推測したこともあります。当時は近所にインド料理店なんてありませんから、遠く離れた地にあるインドカレーに恋焦がれる日々を送りました。

 念願の初対面は21歳のときです。芸能界に入りたてで銀座の撮影スタジオを訪れた際、今も人気の老舗インド料理店があることを知り勇んで入店しました。鮮やかなイエローライスと鶏もも肉を煮込んだカレーを一口ほおばると、あまりのおいしさに心はガンジス川までひとっ飛び。それをきっかけに50年近くインドカレーにどっぷりはまっています。インドカレーはスパイスたっぷりなので食べると力が湧き出てきます。近年、世界的に注目を集めるインド映画も、インドカレーを食べているからあれほどエネルギッシュな作品をつくれるのでしょうね。まあ、私は一度もインドに行ったことはないですけれど(笑)。

関根さんはどのようなきっかけで芸能界に入りましたか?

テレビの中の“夢の世界”に行ってみたい。師匠に教わった基本の大切さ

 私が生まれた1953年はちょうどテレビ放送が始まった年で、とにもかくにもテレビは超貴重品。物心ついたときから街頭テレビには人が集まり、近所のテレビをもつ家を友だちと訪れては、日本語吹き替えの海外アニメを夢中で観ていました。我が家にテレビが設置されるとテレビ愛はさらに深くなり、バラエティー番組やドラマ、スポーツ、格闘技など、あらゆる番組を楽しむようになりました。なかでも特に好きだったのがお笑い番組です。学校で嫌なことがあっても、テレビの前で大笑いすれば気持ちがリセットされる。多感な学生時代をお笑い番組が救ってくれていたわけです。テレビ中心の学生生活でしたので、「テレビの世界で輝いてみたい」と思うのはごく自然なことでした。

 念願の芸能界に入ったわけですが、甘い世界ではありませんでした。自慢ではありませんが、学生時代にアマチュア参加型のお笑い番組でチャンピオンになり、クラスでは常に人気者。いわゆる“お笑いの腕”には自信がありました。そんな私に「基本の大切さ」を教えてくださったのが、師匠である萩本欽一さんです。稀代のコメディアンとして知られる萩本さんですが、そのお笑い哲学は地道な人物観察や舞台での実践を通して一段一段確立した、まさに努力の人。感覚でお笑いをやろうとしていた私にとって、萩本さんの論理派な指導は新鮮で、ロジックがしっかりしているからこそ「一度試してみよう」と前向きになれる説得力がありました。

関根勤

芸能界で長く活躍される秘訣はなんですか?

場を俯瞰する意識を持ちつつ、誰よりもお笑いを楽しむ

 お笑い番組やバラエティー番組は、出演者がひとつになって笑いを生み出します。長年そうした環境に身を置くうちに、全体のバランスをとる役回りに徹するようになりました。例えば、バラエティー色の強いクイズ番組では、面白い回答をする共演者を活かすために、考えている最中の間をコメントなどで埋めたり、面白い回答が出そうなときにはあえて回答しないようにしたり。出演者でありながら番組がよい方向に進むよう全体を俯瞰するスタンスが、番組を制作するスタッフ側のサポートになっているのかなと思います。若い頃は「おれが笑いをとってやる!」と意気込んでいましたが、年を重ねたせいですかね。テレビ番組でも、座長を務める「カンコンキンシアター」でも若い人たちを引き立てる意識を大事にするようにしています。

 最近の芸能界は、私とだいぶ年齢の離れたタレントさんも活躍しています。よく「トークとかでジェネレーションギャップを感じませんか?」と聞かれますが、私自身、毎日5時間以上テレビを観ていて共演する人のことを知っているので、話題に困らないんです。結局は、いまもテレビの中で視聴者を楽しませてくれる人が大好きなのだと思います。一視聴者としてのワクワクした気持ちで番組づくりに臨むので、共演者と楽しくやりとりでき、そのポジティブな空気感が視聴者に伝わる。自然体でいるからこそいままで芸能界で活動できているのかもしれないですね。

関根勤
食後はマサラ・チャイをいただきました

いろんな個性が輝く「共生社会」についてどのような考えをもっていますか?

お互いを理解し受け入れて、笑顔咲く社会に

 江戸川区が目指す、一人ひとりの人格と個性を大切にしながらみんなが自分らしく暮らせる「共生社会」。すごくお笑いと似ている印象を受けました。お笑い番組やバラエティー番組は、「みんなで笑いをとって、視聴者が笑顔になる番組をつくろう」という目標のもと、それぞれのキャラクターや得意分野を活かしながら作り上げます。いくらお笑い芸人であっても、やりたくないことや言われたくない言葉もあります。そうした繊細な部分を理解しながら相互協力で進めていく点は、共生社会づくりにも通じると思います。
 私が共演者との関係性づくりで大切にしているのは褒めることです。「この前のコント面白かったよ」「あのトークは声出して笑っちゃった」など、褒められることで自信がつくし、もっとがんばろうという前向きさも生まれます。相手のよい部分を知ることはコミュニケーションの第一歩であり、私にとってそのステップは日常的にテレビを観るということなのです。
 江戸川区が掲げる「ともに、生きる。江戸川区」はとても素敵なキャッチコピーです。ともに生きるためには、まず相手のことを知り、お互いに思いやる意識が大切になるでしょう。関根家はインド出身の親族がいたり、義理の息子(シンガーソングライターのKさん)は韓国国籍、娘はインターナショナルスクール出身とグローバルな家庭です。もとを辿れば、妻も義理の息子も、まったく違う環境で育った間柄です。自身の考えだけ優先すれば、衝突するのは当然のことです。だからこそ、まず相手のことを知る。そしてお互いに歩み寄る。普段からお互いの文化を尊重する気持ちで接しているので、関根家は家族としてひとつになれている実感があります。
 江戸川区という街単位になると、文化や個性の幅はぐんと広がるはずです。なかには地域になかなか馴染めない人もいるかもしれません。そんなときには、明るく声をかけてみるのもいいですね。その一声が、塞ぎこんでいた人の顔を上げるきっかけになれば100点満点。ぜひ江戸川区の皆さんには、お互いに理解する心で、みんなが笑顔で楽しめる社会をつくっていってほしいです。

関根勤

プロフィール

関根勤

関根勤

TBS「ぎんざNOW」の素人コメディアン道場で初代チャンピオンとなり
1974年12月に芸能界入り。
デビュー後1975年には「ラビット関根」の芸名を桂三枝師匠よりいただく。
1982年にANB(現テレビ朝日)「欽ちゃんのどこまでやるの!?」レギュラー出演の際、
番組内容により本名「関根勤」に戻し活動、現在に至る。
バラエティー番組を中心に、テレビ・ラジオ、CM、舞台など幅広く芸能活動を行っている。

公式YouTube関根勤チャンネル(毎週火曜、土曜20時配信)