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未来へのヒント

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世界各地の生活困難地域を訪問する、アグネス・チャンさんが想う真の“共生”

 歌手、エッセイストとしての活躍はもちろん、ボランティア活動や日本ユニセフ大使としての活動も印象深いアグネス・チャンさん。これまで様々な国と地域を訪れ、貧困に苦しむ子どもたちに手を差し伸べてきた経験と、未来に対する想いをお聞きしました。誰一人取り残さない社会のために、私たちが今やるべきこととは?

アグネス・チャンさん

子どもたちへの支援をはじめたきっかけは?

子どもたちが笑ってくれることが、純粋にうれしかったから

 私のボランティア活動の原点は、中学生の頃にあります。当時の香港には、中国から多くの新移民が来ていて、住む家のない子どもたちがたくさんいました。食べるものも着る服もない、学校にも病院にも行けない子どもたちを目の当たりにして、大きなショックを受けたことを今でも覚えています。私は子どもながらに、彼らが少しでも楽になれるようにできることは何かないかなと考えて、子どもたちに会いに行っては一緒に歌ったり踊ったりしました。そういう時間をともに過ごす中で、彼らの笑顔を見るのがとてもうれしかった。でも、中には心を開いてくれない子どももいました。その時の経験から、児童心理学を学んで、いつか子どもたちとコミュニケーションを取れるようになりたいという夢が生まれ、今の私につながっています。

アグネス・チャンさん

アグネス・チャンさんをさまざまな活動へと突き動かす原動力とは?

子どもたちの「声にならない声」を聴き、代弁することが私の役割

 私たちは、不自由なく生きることが当たり前の生活を送っています。しかし、世界には一度もおいしくてきれいな水を飲んだことのない、ご飯をお腹いっぱい食べたことのない子どもがいることを、絶対に忘れてはいけないと思います。そして、そういった子たちは声をあげる術がない、あるいは声をあげる術を知らないということを肝に銘じて活動に向き合っています。

 私が日本ユニセフ大使に就任するとき、ユニセフから「私たちは、一番弱い子どもたちの声になりたい。だから一緒に活動してくれませんか」とお声掛けいただいたんです。その言葉にとても感動して、声なき声の代弁者にならなきゃいけないと思いました。

 そういった子どもたちの声を拾うために、みんなが行けないような紛争地域など危険な場所を訪れることもあります。しかし、すべての子どもを救えるわけでは、もちろんありません。それでも、一人でも二人でもいいから、少しでも長く生きて、少しでも楽しい時間を過ごしてもらえたら……。子どもたちが学校に行くことができ大人になって、家族を持つことができたら、こんなにうれしいことはありません。

 そうそう、私たちは支援をするために行っているのに、逆に、思いもよらない優しさをもらうこともあるんですよ。2003年にイラクを訪問したときのことです。当時はイラク戦争が終結したばかりで混乱していました。それまでは社会主義的に統制され、政府に抑圧されてはいたけれど食事はできていました。それが戦争により政府が解散し、国民は食べることができなくなったんですね。だから子どもたちは、いろんなものを売って家計を助けようとしていました。そんな中、現地を訪れた私は、小さな梨を売る男の子に出会いました。初日はみんなからいろいろな物を買って、もちろんその子からも梨を買いました。翌日、またその少年に会ったのですが、私はその時お財布を夫に預けていて、お金をもっていなかったんです。「今はお金がないの。夫に渡しているのよ」と伝えると、少年は「夫に取り上げられたんだね。ちょっと待って!」と言って、仲間としゃがみこんで会議を始めたんです。しばらくして戻ってくると「事情は分かりました。今日はタダでいいです」と、梨を差し出すじゃないですか。私はお腹が空いてないし、それを少年が持って帰れば自分で食べて満たされるのに……。「お腹を空かせているあなたからは貰えない」と伝えても、「遠慮はいらない。困ったときはお互い様だから!」って。それで受け取って食べたのですが、この世の中で、あれ以上においしかった梨はありません。一番困っている人たちが、一番優しいって本当なんですね。だから、生かしてあげたいしチャンスも与えてあげたい。内に秘めた力を引き出せる方法を探して、支援していきたいと強く思います。

アグネス・チャンさん

ユニセフの活動で2013年にナイジェリアに訪問したときの写真

私たちがまず行うべきことは何ですか?

「知る」ことが力になる! まずは知ることが第一歩

 私は常々、「みんなが知ると、力になる」と思って活動をしています。今すぐに具体的にできることがなくても、貧困で苦しむ世界中の子どもたちの存在について知り、そして周囲の人とそれについて会話してくれたらそれで十分です。そうしたら、いざというときに自然と動けるのだろうと思うんです。

 知ることの先に、例えば「コンビニで小銭が余ったから寄付しよう」「私も海外で支援活動をしよう」「外務省に入って国家レベルで支援の波をつくっていこう」などの行動へとつながっていくのだと思います。 知ることが、やがて大きな力になると私は信じています。

 そのためにも、教育現場で子どもたちに現状を伝えていくことがとても大事なんですね。子どもたちが、貧困に苦しむ子どもたちの存在を知って興味や関心を抱き、家で親に話す。子どもの話から親も関心を持ち、それが社会に広まっていくというサイクルができたらなと思います。親が「こうしなさい」というのではなく、子どもが自らの関心で自発的に動くよう循環していくことが理想です。

アグネス・チャンさん

にわかに問題になっている“日本の貧困”についてどう思いますか?

困っている人たちが助けを求めやすい、優しい環境づくりをしなければ

日本の貧困は、目に見えにくいことが一番の問題です。人に迷惑をかけてはいけない、言ってはいけないと思って、親も子も助けを求めないんですね。まずは、この状況を変えなければなりません。みんな人生は山あり谷ありなので、恥ずかしいことではないんです。だから「もう少し頑張りたいから助けて」って言ってほしいし、それを聞いた周囲の人は「自己責任だ」みたいな責め方をしないでほしいです。

 一方で、困っている人の身になった支援も必要なのだと感じます。例えば、江戸川区で実施されている「こども食堂」や「おうち食堂」などの食事支援。これは、自分の子どもに普通の生活を提供できずに苦しんでいる親の気持ちを丁寧にくみ取った優しい支援方法だなと思います。こういった子どもの支援を考えるときには、「親を変えれば子どもも良くなる」という考え方ではなく、「子どもを支援すると親が良くなる」と考えると、救えることが増えてくるものです。
そして、社会全体を明るい未来へとシフトしていくためには、子どもたちの力が不可欠です。若い世代の力を育てるためにも、江戸川区全体で区民同士が支え合い、「あなたがいるから世界は絶対変わる! 夢を大きく持ちなさい!」という気持ちで若者に接してほしいなと思います。

プロフィール

アグネス・チャン氏

アグネス・チャン氏

歌手、エッセイスト、教育学博士。香港生まれ。1972年に「ひなげしの花」で日本デビューを果たし、またたく間に一大ブームを巻き起こす。上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学で社会児童心理学を専攻し卒業。その後、米国スタンフォード大学博士課程に留学し、1994年に教育学博士号(Ph.D)を取得する。1998年に日本ユニセフ大使、2016年にはユニセフ・アジア親善大使に就任するなど、紛争地域への訪問やチャリティ活動などさまざまな社会貢献活動を行っている。