TOMONI
GO TO 2100 ともに生きる江戸川区

VOL.7

環境とともに生きる

中村 航

中村 航

マンションのベランダにスイレン鉢を置いて、水と土を入れた。水草を植えて一週間くらい放置した後、メダカとタニシを入れると、循環する小さな生態系ができあがった。

太陽を浴びた水草が光合成し、酸素を発する。スイレン鉢に発生した微生物が、メダカの餌になる。メダカのフンが水草の栄養になり、鉢に付いた藻はタニシがきれいにする。

エアポンプや濾過フィルターを必要としない、こんな感じの環境を、ビオトープと呼ぶらしい。小さなそのビオトープを眺めるのが楽しいのは、そこに“調和”や“永遠”を感じるからだろう。

とはいえ、その世界はその世界だけで、完全に循環しているわけではなかった。ときどきだけど外から餌をやることもあるし、水を足すこともある。鉢の掃除をすることもある。そして永遠でもなかった。

メダカは二〜三年くらい生き続けたが、あるとき急に全滅してしまった。カラスに襲われたか、飛んできたトンボの卵から生まれたヤゴに襲われたか、台風のときに鉢から飛び出てしまったのか、理由はよくわからない。ビオトープの永遠を作った気になっても、それを維持するのはなかなか難しい。

ビオトープという言葉は、Bio(命)と、Topos(場所)を組み合わせた造語らしい。

命はビオトープという環境のなかで循環する。スイレン鉢にビオトープを作ろうとすることもあるし、もっと大がかりに、森や河川などを中心に手つかずの自然を残すことで、ビオトープを作ろうとすることもある。もっと言えば、地球を一つのビオトープだとみなすこともできる。

スイレン鉢のビオトープは二〜三年しかもたなかったが、地球という大きなビオトープ(環境)では、三十五億年あまり、生態系が維持されてきた。今から数百万年前に人類が誕生してからも、それは全く変わらなかっただろう。

だから本当に最近のことだ。人間が高度な文明を持って三千年と考えてもいいし、産業革命以降の二百年と考えてもいいけど、どっちにしても三十五億年前とか数百万年前とかと比べたらつい最近のことだ。このビオトープの様相は、ここ最近、急激に変わってきたと言っていいだろう。

今、環境問題というものが、様々な視点で語られている。スイレン鉢のビオトープがカラスとかトンボとかの要因でなくなってしまったように、地球が突然、生態系を維持できなくなる、というのも、想像できない話ではなくなっている。

誰もそれを望んでいなくても、僕らがカラスやトンボになってしまうことはあり得る。節電とか、ゴミを減らすとか、自分にできることは少ないかもしれない。だけど、今できることはやろう、と思うし、できることを増やそう、と思う。

PROFILE

中村 航

中村 航

プロフィール:
小説家。2002年『リレキショ』にて第39回文藝賞を受賞しデビュー。
続く『夏休み』、『ぐるぐるまわるすべり台』は芥川賞候補となる。
ベストセラーとなった『100回泣くこと』ほか、『デビクロくんの恋と魔法』、『トリガール!』等、映像化作品多数。
アプリゲームがユーザー数全世界2000万人を突破したメディアミックスプロジェクト『BanG Dream!』のストーリー原案・作詞等幅広く手掛けており、若者への影響力も大きい。