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日本は、賃金格差や政治参加などの観点で男女格差を数値化した“ジェンダーギャップ指数”が146カ国中116位(※)。先進国の中で最低レベルの結果となり、国や企業、各団体が改善に向けた取り組みを進めています。そんな中、男性に偏りがちなIT業界で、女性活躍の幅を広げようと活動しているのがNPO法人Waffle(ワッフル)の田中沙弥果さんです。田中さんが推し進めるジェンダーギャップ解消への取り組みについて話をうかがいました。
※世界経済フォーラム「The Global Gender Gap Report 2022」
私がテクノロジーに興味を抱いたのは、アメリカ・テキサス州で行われていた「サウス・バイ・サウスウエスト」という祭典に参加したことがきっかけです。音楽や映画、インタラクティブ(双方向性)をテーマとした巨大なそのイベントは、町中の人を興奮の渦に巻き込みました。学生だった私は、人の心を動かすテクノロジーの力に魅了され、関連する仕事に就きたいと考えるようになったんです。
大学卒業後、一旦企業に就職しましたが、女性がリーダーのポジションに就けない “ガラスの天井”と呼ばれる会社の構造に見切りをつけて退職しました。
退職後は、自分でプログラミングを勉強したり、自治体が運営する起業家育成研修を受けたりしました。その中で改めて感じたのが、ITの重要性と、業界で活躍する女性割合の低さです。日本が抱えるさまざまな社会課題を解決する手段としてITが必要不可欠な一方で、エンジニア不足が悩みの種となっていました。IT分野のジェンダーギャップを解消して女性が活躍できる場を増やせば、業界の人材不足も解消され、ひいては女性が働きやすい環境へと変化していくのではないか……。そう考え、進路選択をするタイミングの中学・高校の女子生徒を対象にしたIT教育と、政策提言を行うために、2019年にWaffleを設立しました。
IT業界の女性人材を育成するために最も大事なことは、プログラムを通した成功体験によって、「女性は理系科目が苦手」「プログラマーはこうあるべき」というステレオタイプの考え方を取り除くこと。その思い込みから理系やエンジニアを選択しない女性が多いためです。
参加者からは、「男子が多い工学部への進学を躊躇していたが、プログラムに参加して背中を押してもらえた」「別の職業を考えていたが、エンジニアの仕事に興味を持つようになった」といった感想が寄せられ、確かな手応えを感じています。
プログラムの構成にもいくつかのポイントがあります。一つ目は、プロダクト(制作物)の完成をゴールとするのではなく、プロダクトによる課題解決をゴールとすること。
物作りそのもの以上に、「誰かのために」物を作ることに興味のもつ傾向があると考えるからです。
二つ目は、みんなで課題を共有し、支え合える参加者コミュニティを作り、脱落者を出さないことです。2022年から開始した女子大学生・大学院生向けのプログラムでは、80人中79人が半年間のプログラムを走り切り卒業しました。コミュニティが生み出す効果は、女性研究者がキャリアパス(目標とする職務に就くための道筋)から脱落していく“水漏れパイプ現象”の解消にも有効であると考えています。
最後は、マインドセット(無意識の思考や思い込み)です。「日本人女性は自己肯定感が低い」とはよく聞く話ですが、実際にさまざまな女子と話をしてみると、確かに自分に自信のない子が多いと感じました。大学生向けのプログラムでは、ジェンダーの知識を習得したうえで自己理解を促し、人前でしっかりとした自己PRができるスキルを身に付けてもらっています。
活動を進める中で見えてきた課題もありました。たとえば、潜在的な参加希望者の掘り起こしです。中高生の場合、部活動への参加が必須で欠席が許されず、プログラムの参加を諦める子が数多くいます。特に地方の学校にその傾向が強いようで、参加者が首都圏在住の子に偏っている一因と見ています。また、各自で用意が必要なパソコンやネット環境の有無も家庭によってさまざま。これらの課題に向き合い、一つずつ解決への取り組みを進めています。
女性が当たり前のように理系分野を選択し、当たり前のようにIT業界で活躍したりするようになるまでに、日本はなんと200年もかかると言われています。実現までのスピードを加速させるためには、国全体としての取り組みが必要です。
江戸川区では共生社会を掲げてさまざまな取り組みをしているそうですね。その中にぜひ取り入れてほしいのが、すべての領域・分野の施策にジェンダーの視点を入れる「ジェンダー主流化」という考え方です。今、社会の意思決定者は、家事をほかの人に任せて長時間労働を強いられてきた年代の男性が多いのではないでしょうか?
マジョリティ(多数派)側の人たちだけで社会を作っていると、マイノリティ(少数派)側の人が生きづらい社会になってしまいます。共生社会実現のためには、女性、障害者、LGBTQ、高齢者といった多様な人たちが意思決定者としての席を用意することが重要です。
また、ぜひ若者の意見も取り入れてほしいと考えます。内閣府主催の「若者円卓会議」に参加した際、ディスカッションを進めるにつれ「若者の考えを取り入れよう」という前向きな意識が会場全体に芽生えるのを目の当たりにしました。新しい意見は今まで構築してきた考え方を崩します。しかし、そこから、意見を通すためのコンセンサス(合意)が取られ、方法を模索する流れが生まれる。意見が反映された若者も、政治や行政への参加が積極的になるのではないでしょうか。
Waffleは、200年かかると言われている社会の変化を100年で実現したいと考えています。そのために、IT関連企業を巻き込みながらプログラムを実施したり、政策提言をしたりすることにより、日本に大きなうねりを作りたい。マジョリティに最適化された社会ではなく誰もが生きやすい社会に向けて、引き続き活動を続けていきます。
大阪府生まれ。大学生の時の交換留学をきっかけにテクノロジーの魅力に目覚める。
2017年、NPO法人みんなのコードに入職。文部科学省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し学校の先生がプログラミング教育を授業で実施するための事業を推進。
2019年に一般社団法人Waffleを設立。
2020年にはForbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」を受賞。内閣府 若者円卓会議 委員。経産省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」有識者。