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未来へのヒント

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平和な未来をつくるためにできることとは

 日本は今年の終戦記念日で、戦後77年目を迎えます。戦争によって多くの犠牲者が出た江戸川区では、毎年、平和への祈りを込めた旧中川での灯籠流し(※)や、滝野公園に設けた原爆犠牲者追悼碑への献花などが行われています。戦争の悲惨さを忘れず、平和な未来をつくっていくために、私たちは何ができるのでしょうか。戦場カメラマンとして世界中の紛争地をまわってきた渡部さんにお話をうかがいました。

※令和4年の灯籠流しは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため中止となりました

渡部陽一 氏

渡部さんはどうして戦場カメラマンになったのですか?

戦争の犠牲者は、いつも子どもたちであるということ

 ぼくは戦場カメラマンとして30年にわたり世界中の紛争地をまわってきたのですが、どの戦争でも変わらなかったことがあります。それは、戦争の犠牲者はいつも子どもたちであるということ。紛争地に取り残され、命の危険を感じながら怯え暮らす子どもたちがいることを報じなくてはならない――。ぼくはそんな思いから、カメラを持って紛争地に足を運ぶようになりました。

 そして皆さんに知って欲しいことがあります。テレビのニュースなどで観る戦場は、激しい銃撃戦や空爆、爆破テロなどインパクトのある戦闘シーンが繰り返し放送されます。しかし、その戦闘が行われているすぐそばでは、家族が揃って食事をし、お母さんが愛情を込めて赤ちゃんの世話をし、学校や仕事に向かう人もいる。そんな日常の時間が当たり前にある。これが戦場の現実なのです。ぼくはそうした場面を写真にすることで、戦場は何もかもが異なる遠い国の話ではないことに気付いてほしいと願っています。現地の“生活”をフックに、その地で起きていることを知ってもらえればと考えています。

渡部陽一 氏

渡部さんが実際に戦場で使用しているカメラ

さまざまな国の人とコミュニケーションを取るために大切にしていることは何ですか?

相手を尊重し、理解するための努力をすることがコミュニケーションの第一歩

 ぼくは1年のうち約3ヶ月海外で撮影をしています。訪れた場所で撮影をするためには、被写体となる地域の人々や、現地のガイド、通訳、セキュリティーの人たちとのコミュニケーションが必要不可欠。彼らと信頼関係を構築していくにあたり大切にしていることは、その国・地域の生活習慣や文化、宗教観に土足で踏み込まず、敬意をはらうようにしています。そして、相手を知る努力を欠かさないことも大切です。

 たとえば、現地で出会った人にはその国の言葉で挨拶をしてみる。それだけでも相手の緊張が解けて気持ちがやわらかくなっていくのが分かります。現地の人が持つ宗教観にはどのような歴史的背景があるかを学び、理解を深める。そんなふうに現地の人が大切にしていることをぼく自身も大切にすることで、少しずつ受け入れてもらい、信頼関係の土台がつくられていくんです。

 これは日本に来ている外国人とコミュニケーションを取るときも一緒です。彼らの祖国の言葉で挨拶をしてみる、彼らの行動の背景を知るためにふるさとの生活慣習を調べてみる。相手を尊重し、理解し、歩み寄ることからコミュニケーションは始まるのだろうと思います。

渡部陽一 氏

私たちは未来の平和のためにどんなことができると思いますか?

平和への誓いを次代につなげるには、何よりも継続が大切

 最近、ぼくはロシアの軍事侵攻から4カ月以上が経つウクライナへ行ってきました。一部地域で激戦が続く中、女性や子どもは周辺国に避難し、多くの男性が国内に留まっています。首都には徐々に人が戻り始めていますが、いまだたくさんの家族が引き裂かれ、苦しんでいます。ぼくの取材に同行してくれた運転手も、奥さんと子どもがドイツに避難していました。彼は戦火で家を失い、家族と離ればなれになってしまった不安から、ときどき涙を見せることがありました。それが先の見えないウクライナの悲しい現状です。

渡部陽一 氏

2022年の2月24日、主権国家ウクライナへのロシア軍事侵攻が勃発。首都キーウ郊外で破壊されたロシア軍戦車。

渡部さんが考える共生社会とは?

グローバルシティ江戸川区

 江戸川区には多くの外国人が暮らしていますが、それには理由があると思います。羽田空港と成田空港、どちらからもアクセスがよく、外国人が暮らしやすい良質なコミュニティが発展していることです。今後、江戸川区は外国人にとって日本のゲートウェイ(玄関口)となり、多くの外国人が住むことで世界各国とのネットワークが生まれ、いずれグローバルシティ(世界都市)に発展していくのではないでしょうか。そのため、江戸川区の子どもたちには将来、コスモポリタン(国際人)になって、世界中の人々を出迎えて欲しいですね。

 江戸川区が「ともに生きるまち」を目指していること、とてもすてきなことだと思います。ぼくが考える共生社会とは、「選択肢の多い社会」です。国籍も性別も障害の有無も関係なく、誰もがさまざまな選択ができ、活躍の幅が広がる社会です。現在、江戸川区で作成している2100年と2030年のビジョンは、このような社会を作るための土台となるものとして期待をしています。

 ぼくはいつも紛争国から帰国すると、日本がまるで夢の国のように感じます。外を自由に出歩き、勉強や仕事に打ち込むという日本では当たり前の日常は、世界の人が求める平和の姿です。この幸せがいつまでも続くよう、相手を知り、誰に対してもやさしさを持って接しながら、平和な未来に向けて歩いていきたいですね。

プロフィール

渡部陽一 氏

渡部陽一(戦場カメラマン)

1972年9月1日生まれ、静岡県出身。学生時代から世界の紛争地域を専門に取材を続ける。戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声に耳を傾け、極限の状況に立たされる家族の絆を見据える。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験。これまでの主な取材地はイラク戦争のほかルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、アフガニスタン紛争、コロンビア左翼ゲリラ解放戦線、スーダン、ダルフール紛争、パレスティナ紛争など。著書に『戦場カメラマンの仕事術』(光文社新書)。コンテンツ配信サービス『渡部陽一 1000枚の「戦場」』を開設(https://www.synchronous.jp/list/authors/yoichiwatanabe)。