TOMONI
GO TO 2100 ともに生きる江戸川区

VOL.6

社会とともに生きる

中村 航

中村 航

昔、少年団の夏合宿で「ジェンカ」というゲームをすることになった。

まずはトーガとチームを作りジャンケンをする。勝った僕の後ろに回ったトーガが、僕の両肩を両手で持つ。

坂本九の軽快な音楽に合わせて、僕らはステップを踏んだ。左足を前に二回出し、右足を二回出す。両足揃えて前に一歩ジャンプ、後ろに一歩、前へ三歩——。それを何度か繰り返し、相手チームへと近付いていく。音楽が止まったところで、ぶつかった相手チームの先頭とジャンケンし、負けたら勝ったチームの列の後ろに繋がる。

つまり最初は二人組だったチームが、次には四人組になり、その次には八人組になっていくゲームだ。だけど僕とトーガはどのチームからも逃げ回り、ジャンケンをしなかった。最後に一回だけ勝って、優勝チームになろうという、ふざけた作戦だ。

やがて、ずっと勝ち続けて何十人かの列になったチームが二つ、最終決戦のようにジャンケンをした。結果、勝ったチームは百人を超える大軍団になったけど、逃げ続けた僕とトーガの二人組がまだ残っている。

軽快な音楽が再び鳴ってやがて止み、二人組の僕らと、百人王者とのジャンケンが行われた。ちょっと気まずいな、と思いながらも、僕らはあっさり勝ってしまった。うしゃしゃしゃしゃ、とトーガは笑い、僕らを見ていたマッキーやイワちゃんも笑った。

それは小学四年生の夏のことで、それから時が流れ、僕らは大人になった。僕はメーカーに就職してエンジニアになり、トーガは農業機器の営業マンになった。イワちゃんは製薬会社に入社し、マッキーは県警の刑事になった。

大人になった僕らに「ジェンカ」をする機会なんてないけど、もししたらどうするだろう。僕とトーガは、かつてのように逃げ回るのだろうか?

多分しない、と思うその理由を考えてみた。

遊びなのだから、みんなで楽しくするのが一番だ——。勝ち上がって嬉しい気持ちの膨らんでいる人に申し訳ない——。みんなが僕らと同じ戦略を取ったらゲームにならない——。というか、恥ずかしい——。子どもなら微笑ましいかもしれないが、さすがにバカっぽい——。

大人になることを「社会に出る」と言ったりするが、つまり自立して生活していく場のことを僕らは社会と呼び、そこにはルールや責任があることを知っている。明文化されたルールを守るということだけではなく、普段の社会生活のなかで、どう振る舞うべきかを考えることもある。

他人に迷惑をかけるべきじゃないし、なるべく不快な思いをさせないようにしたい。困ったときはお互い様だ。何かしてもらった時やお店なんかでは、ありがとう、と感じ良く言う。より良い社会を作ろうとする気持ちを、みんなが少しずつ持つために、まずは自分がそれを持ちたい。

企業のスローガンなんかで、社会に貢献する、という言葉をよく目にするが、それはただのお題目なんかではなく、僕らが割と本質的に思っていることではないだろうか? 社会の役に立つことは、実は何ごとにも代えがたい喜びだったりする。それによって人に認められたと感じ、自分に誇りを持てたりする。

ジェンカだって同じだ。逃げ回って勝つのも、まあ別に良いとは思うし、それはそれで楽しかった。だけど普通にあるべきやり方で優勝したら、そっちのほうが嬉しかったかもしれない。

PROFILE

中村 航

中村 航

プロフィール:
小説家。2002年『リレキショ』にて第39回文藝賞を受賞しデビュー。
続く『夏休み』、『ぐるぐるまわるすべり台』は芥川賞候補となる。
ベストセラーとなった『100回泣くこと』ほか、『デビクロくんの恋と魔法』、『トリガール!』等、映像化作品多数。
アプリゲームがユーザー数全世界2000万人を突破したメディアミックスプロジェクト『BanG Dream!』のストーリー原案・作詞等幅広く手掛けており、若者への影響力も大きい。